大判例

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東京高等裁判所 平成7年(行コ)154号 判決

控訴人

甲野太郎

被控訴人

東京拘置所長

爲本成輝

右代表者法務大臣

長尾立子

被控訴人ら指定代理人

湯川浩昭

外四名

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人東京拘置所長が平成五年三月三一日付けで控訴人に対してした国際連合人権委員会あて書面及び読売新聞社あて投稿文の各発信不許可処分を取り消す。

3  被控訴人国は、控訴人に対し、金一五万円及びこれに対する平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用を控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり改めるほか、原判決事実欄「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五頁末行の「その再犯」を「刑の執行の日まで本人の身柄を保全し、併せてその間の再犯」に改める。

二  同六頁初行の「再犯防止のため」を「逃走の防止、再犯の防止及び施設の規律秩序の維持のため」に改める。

三  同初行から二行目にかけての「できないのであって、」の次に「特に、基本的人権の中でも優越的地位をもつ表現の自由の制限は、その制限の目的を達成するため必要な最小限度においてのみ行うべきであり、公共の福祉が害される具体的な危険を除去するため必要かつ相当と認められる限度を超えて、右の危険とは無関係な表現行為までも制限することはできない。かかる比例の原則は、監獄法四六条の解釈の準則であると同時に、同条に基づく被控訴人所長の裁量権行使の準則でもある。したがって、」を加える。

四  同七頁二行目から三行目にかけての「明らかである。」の次に「かえって、第一及び第二申請に係る発信は、いずれも控訴人だけでなく在監者全体の人権を救済し、あるいは市民的自由の保障の観点からむしろ公共の福祉に資する性質のものであって、公共の福祉を理由としてその発信を差し止めることは背理であり、被控訴人所長の裁量権を濫用するもので許されない。」を加える。

五  同一二頁末行の「一五〇三通報であるが、」の次に「この通報の制度は、人権及び基本的自由の大規模重大で、かつ、信頼できる証拠を有する一貫した形態の侵害に対処することを本来の目的としているものであって、個別の人権侵害を扱うものではなく、個別の侵害に対する直接かつ確実な解決方法とはなり得ない。その上、通報の検討は、国内的救済が尽くされた後に初めて行われるものであり、」を加える。

六  同一四頁九行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「控訴人が提起した訴訟については、裁判所は、監獄法施行規則一〇六条は毎日の戸外運動の実施を保障したものではないとして控訴人の訴えを斥けており、戸外運動の問題について国内の救済手段による迅速な救済は困難な状況にあり、控訴人にとって「すべての者のための人権及び基本的自由の尊重及び遵守を助長する」ことを任務とする国際連合人権委員会に侵害事実を通報し救済を求めることは、唯一とはいえないにしても、十分に合理的理由がある、必要やむをえない選択であった。」

第三  証拠

証拠関係は、原審記録中の証拠に関する目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所は、控訴人の被控訴人らに対する請求は、控訴人が被控訴人所長に対し、本件第一処分の取消しを求め、被控訴人国に対し、第一処分を理由とする国家賠償法に基づく損害賠償請求のうち、三万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるものと判断する。

その理由は、次のとおり改めるほか、原判決「理由」欄に説示するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一六頁初行の「有していることから、」の次に「類似性の限度で、死刑確定者の」を加える。

2  同四行目の「拘禁に伴う」を「これら拘禁の目的から生ずる」に改める。

3  同一七頁末行の「その許否は、」の次に「第一次的には」を加える。

4  同一八頁初行から二行目にかけての「専門的・技術的な見地からする」の次に「合理的な」を加える。

5  同三行目から同一九頁二行目までを次のとおり改める。

「したがって、死刑確定者の信書の発受についても、前記のような死刑確定者の拘禁の目的、性格及び特殊性を勘案して、その許否を検討すべきものであり、弁論の全趣旨及びこれによって成立の真正を認める乙第三号証によりその存在が認められる被控訴人ら主張の通達が①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合、②本人の心情の安定を害するおそれのある場合、③その他施設の管理運営上支障を生ずる場合には、おおむね許可を与えないこととする、としていることは、死刑確定者の外部交通に関する一般的な取扱基準として、合理性に欠けるところはないということができる。また、右乙第三号証によれば、東京拘置所においては、右通達に基づき、死刑確定者の外部交通に関する一般的な取扱基準を具体化し、原則として①本人の親族(ただし、収監後親族となった者で、外部交通の状況、親族となるに至った経緯などから、判決確定後の外部交通の確保を目的としていることが認められる者を除く。)、②本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士、③本人の再審請求に関係する弁護士、④その他本人の心情の安定に資すると認められる者についてのみ外部交通を許可することとし、例外として、⑤裁判所又は権限を有する官公署あての権利救済を目的とする文書あるいは訴訟の準備のために弁護士あてに行う文書の発信(右③以外の場合)等については、本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められる場合にこれを許可する扱いをする旨の一般的取扱基準を採用し、これに従った取扱いがされていることが認められるが、右の基準も、監獄における死刑確定者の処遇に責任を負う被控訴人所長が、死刑確定者の拘禁の目的、性格及び特殊性を勘案し、右通達の趣旨を踏まえてする合理的な裁量権行使のための準則として一応合理性があるということができる(ただし、前記⑤の基準については、後記のとおり発信の内容、宛先の如何によってはその適用が違法となることもありうる。)。

しかしながら、死刑確定者といえども、憲法上認められる基本的人権が死刑確定者の拘禁の目的、性格及び特殊性から必要かつ合理的な根拠の認められる範囲を超えて制限される理由はないから、被控訴人所長がする一般的取扱基準の適用は、死刑確定者の拘禁の目的等を達成する見地から認められる合理的な裁量権の行使でなければならず、右一般的取扱基準を適用することにつき合理性が認められない場合には、裁量権の行使は濫用となるというべきである。特に死刑確定者のする公的機関に対する自己又は自己を含めた同じ立場の者の権利救済を内容とする通信については、その表現行為の趣旨がより基本的な人権の享有につながるものであるから、その制限は慎重な配慮をもってされるべきである。右被控訴人所長の採用する一般的取扱基準においても、死刑確定者本人について現に係属している訴訟の代理人たる弁護士との間の信書の発受(同取扱基準②)について、右一般的取扱基準⑤の「本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められる場合」という要件を設けておらず、死刑確定者本人の再審請求に関係する弁護士との間の信書の発受(同取扱基準③)についても、右要件を設けずに右取扱基準⑤の中で「訴訟の準備のために弁護士あてに行う文書の発信(右③以外の場合)」と定めることにより右要件を明示的に除外していることも、右のような配慮によるものとして理解できる。以上の観点からすると、とくに、発信の内容が発信者の権利救済を目的とし、かつ発信の宛先が官公署又はこれに準ずる権利救済の機関であり、その機関が権利救済の機関として一定の権威と実績を有する場合については、本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められる場合であるか否かという要件のみを適用して、結果として被控訴人所長が発信者の権利救済の実効性等についての最終的判断を先取りすることとなる取扱いは相当でなく、改めて、死刑確定者の拘禁の目的等に照らして合理的な制限に該当するか否かについて通達の趣旨に基づく判断をして発信の許否を決定する必要があるものと考える。」

6  同一九頁表三行目から同二二頁裏一〇行目までの「四」及び「五」の項全文を次のとおり改める。

「四 そこで、本件について見るに、弁論の全趣旨及びこれによって成立を認める乙第一、二号証によれば、第一申請に係る発信は、一五〇三通報として、戸外運動の制限に関し、控訴人本人及び他の在監者の人権救済を国際連合人権委員会に申し立てようとするものである。

前記乙第一、二号証及び弁論の全趣旨によると、一五〇三通報の処理手続は、個人、民間団体、NGO(非政府機関)等からの人権侵害の通報を国連人権センターが受理し、これを差別防止・少数者保護小委員会(以下「差別小委員会」という。)及び国連の機関である人権委員会が審議するとともに、場合によっては、経済社会理事会に対する勧告ないし事実調査を行い得る手続であること、右手続は条約によらず決議、宣言、加えて人権委員会と差別小委員会を中心とする国連の活動を通じて、国連憲章に基づく実務慣行の中で生育してきた制度であって、人権及び基本的自由の大規模重大で、かつ信頼できる証拠を有する一貫した形態の侵害に対処することを本来の目的とするものであること、したがって、個人のケースは扱わず、長期間にわたり多くの人々に影響を及ぼすような状況を扱うものであること、一五〇三通報が受理されると、通報の写しが関係国政府に送付され、政府からの回答があれば、それとともに差別小委員会の作業部会において通報を審議し、人権及び基本的自由の大規模で一貫した形態の侵害があると信ずるに足りる十分な証拠があると思われる通報については、作業部会がメンバーの過半数の同意によりそれを小委員会に付託し、小委員会は検討の上一貫した人権侵害の形態があると思われるものを人権委員会に送付するものであること、人権委員会は、特定の状況につき徹底的な研究並びに経済社会理事会への報告及び勧告を必要とするか否かを決定し、調査の必要ありと判断した場合には、当該国の明示的な同意を得たときに限り、その国の不断の協力及びその国との協定により定められた条件に基づいて調査を実施した上最終結論を出すが、その勧告には法的拘束力がないこと、一五〇三号通報が受理されるためには、通報の検討が国内的救済が尽くされた後に初めて行われることから、国内における解決を図ることが効果的でないこと又はそのために不当に長い時間を要することが示されなければならず、また、通報が明らかに政治的動機を有し、あるいは、その主題が国連憲章の規定に反する場合は受理されないようになっていることが認められる。

そうすると、控訴人の第一申請に係る発信は、戸外運動の制限に関し、控訴人及び他の在監者の人権救済を目的とするものであり、その宛先は、我が国も加盟する国連の一機関であって権利救済の機関として権威と実績を有し、広い意味において我が国の官公署に準ずる機関と見ることもできるから、これを許可することによって、通達が想定するような、①本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれ、②本人の心情の安定を害するおそれ、あるいは③その他の施設の管理運営上の支障の発生のおそれが生じるなどの弊害を想定することは困難であり、被控訴人所長が、一般的取扱基準⑤を適用し、このような内容の発信は本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められないとしてこれを不許可とすることは、前判示のような死刑確定者の拘禁の目的等に照らして合理的な制限に当たるということはできず、被控訴人所長の裁量権の範囲を超え濫用になると考えざるを得ない。

控訴人の第一申請に係る発信は、自己の意思を表明するにとどまらず、権利救済としての目的をも含むものであるから、これを不許可とされたことによる精神的苦痛を慰謝するとすれば、金三万円が相当である。

第二申請に係る発信は、死刑執行が再開されたことは残念であり、この機会に死刑廃止の声が広がることを願うとする控訴人の意見を読売新聞社に投稿しようとしたものであるところ、右発信は、東京拘置所における前記一般的取扱基準①ないし④に該当しないことは明らかであり、権利救済を目的とする文書ではないから、同取扱基準⑤により発信を許可すべき場合にあたらない。したがって、第二申請に係る発信を不許可とした処分は適法である。」

二  以上によれば、本訴請求は、被控訴人所長に対し、本件第一処分の取消しを求め、被控訴人国に対し、第一処分を理由とする国家賠償法一条に基づく損害賠償請求のうち、三万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年三月三一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

三  よって、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は前記の限度で認容しその余は棄却すべきところ、これと異なる原判決は相当でないからこれを本判決主文第二項以下のとおり変更し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を各適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三宅弘人 裁判官北野俊光 裁判官六車明)

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